マスターは「馬車屋」だった
森さんは戦後、スナックの店長として、操縦桿をシェーカーに持ち替えて生き、そして死んだ。海軍の操縦員となった悔いは一度もないという。
空母「蒼龍」「隼鷹」の艦上攻撃機の操縦員として、ハワイ海戦やウエーキ島攻略戦、インド洋海戦、そしてミッドウエイ海戦、ガダルカナル空中戦と戦い抜いた海軍軍人の戦記である。
魚雷を抱いて、敵艦船に肉迫して攻撃する戦法は、大戦半ばからなかなか通用しなくなっていた。敵艦船の防御砲火が正確になり、制空権も失って、戦闘機の護衛が満足につかなくなると、雷撃隊はあまりにも無力になってしまった。それで、森さんの活躍も、日本軍が圧倒的な制空権と制海権を持っていた、大東亜戦争の前半に集中する。
森さんは、華やかな戦闘機乗りではなく、あえて志願して魚雷や爆弾を投下する「馬車屋」になり、その任務を果たした。本人のきっぱりとした性格を反映するのだろう。文体は、きびきびしていて、心地よい。
はじめての飛行。はじめての母艦への着艦、はじめての爆撃行。どの場面も細部まで記憶していて、当時の海軍の操縦員が、どんな心境で、どんなことを考えながらいたのかが、とてもよくわかる。戦場で過ごした青春時代が、いきいきとした描写が、胸に迫る一冊である。
雷撃の鬼
「戦記の中の戦記」ともいうべき一冊でした。横須賀海兵団、操練、真珠湾と通しで彼が伝説の雷撃機乗りになるまでの道程を知ることが出来ます。真珠湾攻撃とミッドウェイ海戦には多く紙面を割かれており当時の雷撃隊長の言動や、艦内の様子などが分かり興味深かった。クライマックスはガダルカナル島上空の空中戦で右手を吹き飛ばされながらも不時着を成功させた場面。右手を失い自爆を決意した瞬間、子供の頃、故郷の川で遊んだ思い出、畑での芋掘り、鎮守のお祭りなどが脳裏をよぎったそうです。やはり誰もが純真で楽しかった頃の思い出が頭の中を支配するものなのでしょうね。読んでいて泣けました。森さんの乗っていた機が戦闘機だったらきっと自爆されていたことでしょうね。後席で機長の八代飛曹長が制止してくれたおかげで乗員3名の尊い命が救われました。
森さんはあとがきの「右手の代償」で繰り返し「飛行機乗りになって私は幸福であった」と綴られているのが印象的でした。飛行機に乗って無限の空間を飛翔する中で微小な己を見出し、世界観が変わったと書かれていました。「心弱き時の活性の糧として」光人社文庫の刊行の言葉にある通り皆さんの心の中に何かが芽生えるはずです。是非お読みになる事をおすすめします。
数少ない読み応えのある雷撃隊員の記録
滝沢聖峰という漫画家の作品に「空母艦攻隊」という本があるが このかなりのシーンが実は本書の記述を元に描かれている。気に なる方は読んでみると面白い。真珠湾攻撃の興奮、ガ島でのリーダーのミスによる攻撃失敗など まるで自分が横に座って著者の話を聞いているかのような文章で 大変読みやすい。ずらずらと戦歴を書いてしまう本が多いが坂井 三郎の大空のサムライとあわせて読むとなおよい。彼らは同期生 でもある。
凄腕の雷撃士
まず、この本を読むにあたって注目すべき点は坂井三郎と同期の搭乗員である点だろう、あの有名な大空のサムライの上に書かれている坂井氏の練習生時代を共に過ごしていた点だ。坂井氏は戦闘機を志願したが著者は華やかな戦闘機乗りに憧れることなく一心に雷撃機を志願してついに戦闘機の坂井と並び称される雷撃機隊のエースである。 そんな著者は真珠湾奇襲でカリフォルニア型戦艦のどてっ腹に魚雷を撃ち込み大破させたと言う輝かしい戦歴も持っている。読んでるうちに映画パールハーバーで迫り来る戦爆連合に驚いて車で逃げつつ写真を撮ろうとしている場面があったが、あれと非常に似ていてびっくりした。。中には事前に注意されていた標的艦ユタを取り違えて雷撃した機体もあったそうだが著者は巡洋艦と戦艦を見極めて軍帽をかぶった米兵が戦艦から見上げる中で見事に任務を果たしたのである、その後著者はミッドウェーに参加。またこの時の敗因についても一部述べている、場にいた搭乗員がどこどこが悪かったと言うのだから本当であろう。 さらに著者はソロモン方面に進出、右手を失い内地へ送還されて一度は兵役を免除したが19年に再び戦列に復帰して終戦を迎えた。 何か坂井氏と微妙に似た点があるが偶然であろう、読み応えがあるが19年からの戦記が書かれておらず少しがっかりしたがそれを補ってありあまる迫力に二日で読みつくしてしまった。
光人社
空母零戦隊 (文春文庫) 艦爆隊長の戦訓―勝ち抜くための条件 (光人社NF文庫) 零戦撃墜王―空戦八年の記録 (光人社NF文庫) 空母艦爆隊―艦爆搭乗員死闘の記録 (光人社NF文庫) 雷撃のつばさ―海軍下士官空戦記 (光人社NF文庫)
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